ハードロック、時々ソフトカバー

心模様は雨のち晴れるでしょう。

チキン・イン・ザ・ミドル・オブ・レボリューション

 僕は1日の夜が来ると途轍もなくセンチメンタルな気分に苛まれる。なんでなんだろう?今は実家暮らしで大体母が家にいるのだが、何故か孤独を感じる。

 友達としょっちゅう飲みに行くわけでもなし、恋人もいないから一緒に過ごすこともなし。

「出来るなら夜が来ないでほしい」とさえ思う日もある。

 よく自宅の外で煙草を吹かしていると、夜の闇にこのままのみこまれてしまうと感じる時だってある(急に文学的な表現ですみません)。

アルコールを摂っているときは余計酷い。

 

 一人っ子で、人とどう接していいかわからないまま小中高と過ごしてきた人間が大学というより多様な社会に放り出されたときは本当に地獄のように感じた。一方で「大学で自分は変われるかも!」と希望を持った自分もいる。現在大学3年目。特に変化なし。自分で自分を嘲笑ってしまう。一年目の希望は何処に。

 ここまで読んだ方は「自分から話に行ったり関わったりすればいいじゃん!」って思ったかもしれない。それができれば苦労しないのよ。何故なら僕は重度の人見知りだから。以前読んだ心理学の書籍には「笑顔が人間関係を円滑に進める」と書いてあったが、笑顔になろうとすると不自然でセルロイド製の人形のような不気味な笑顔になる。本当にこれで人間関係が円滑になるのか?むしろ自分の周りから人が遠ざかるんじゃない?

 そんな僕にも仲のいい友達は指折り程度にはいる。こんな僕を暖かく迎え入れてくれた友達。彼らがいなかったら、今頃自分の中の何かがイラク戦争終結後のフセイン銅像のように壊れていたかも。そんな彼らには感謝してもしきれない恩を感じている。ありがとう。

 ここで一番の問題は恋人ができないこと!友達、親友はできたとしても恋人はできない。教員でもある親族の一人から「大学にいるうちに彼女作りな!」と言われた。忙しすぎて、そんな余裕がないそうだ。そんな僕は先程述べたようにもう三年生。彼女できるかな?その答えは神のみぞ知る。

 友達のインスタグラムやツイッターの「恋人と一緒に〇〇行きました!」とか匂わせ投稿を見た自分は途轍もないジェラシーに燃えていることを自覚している。ちょっといい感じになった女性にはチキってそれ以上の関係に踏み込めない。勇気がないんだ。よくある話だけど、「この関係が壊れてしまったらどうしよう…」って思うんだ。情けないよな。

 最近、大学に入ってからはタイプの子がいたとしても恋愛感情を抱かなくなった。理想が高いのか?それとも自分が極端に変わっているから?

「割れ鍋に綴じ蓋」という諺がある。「どんな人にもふさわしい配偶者がいる。何においても似通った者同士がよい」という意味であるが、本当にそうなのだろうか。議論の余地あり。これは僕だけが感じることであって多分読んでくれている方々は至って一般的な価値観で一般的な常識を持っているんだろう。だから、側から見ると僕は変な人なんだ。もはや人として見られていないかも(笑)。チキンだから鳥として見られている?

 

チキンな自分を殺して人間にならなきゃ。人に一緒にいてほしいと思われる自分にならなきゃ。変わらなきゃ。

 

 

自分の中の革命。

 

 

チキン・イン・ザ・ミドル・オブ・レボリューション

 

そんな僕を生暖かい目で見守ってほしい。

おセンチになりすぎですか?ごめんなさいね。

 

では、また。